
太田氏
経団連は4月15日、金融・資本市場委員会資本市場部会インパクト投融資ワーキング・グループ(宮田千夏子座長)を東京・大手町の経団連会館で開催した。生成AIを活用して設定したインパクト指標と株価純資産倍率(PBR)・株価の関係について、野村證券金融工学研究センターの太田洋子センター長から説明を聴くとともに意見交換した。説明の概要は次のとおり。
■ 非財務情報と企業価値の関係
野村證券の金融工学研究センターには、40人程のクオンツアナリストやデータサイエンティストが在籍し、金融資本市場に係るさまざまな事象の科学的解明に取り組んでいる。近年は非財務情報と、株価やPBRといった企業価値との関係性に注目し、分析を進めている。
PBRは自己資本利益率(ROE)と株価収益率(PER)の積で表される。日本企業は欧米企業と比べ、いずれの指標も劣位にある。PERを向上させるには、株主資本コストを下げるか、期待成長率を上げる必要がある。ESG(環境・社会・ガバナンス)に対するリスク管理により事業リスクを抑えることで株主資本コストを下げ(ネガティブインパクトの抑制)、事業機会の獲得によるポジティブインパクトの発揮により期待成長率の向上が期待される。
実際、グローバルな企業を対象とした分析では、PBRの数値の約7割は財務指標(財務業績)とESGスコア(ESGへの取り組み)により説明できる。残る3割はポジティブインパクトであるイノベーションや人的資本といった非財務要素に関係すると考えられる。
■ 生成AIを活用したポジティブインパクトの特定
189項目のESG開示情報と株価との関係を検証した結果、22項目に統計的な有意性が認められたが、抑制することで株価にプラスに働くネガティブインパクトが中心であった。
日本企業の有価証券報告書に着目し、「IRIS+」と呼ばれるインパクト測定ツールをベースに生成AIも活用して、183項目のポジティブインパクトを示す指標(アウトカム・ラベル)を定義した。時価総額1000億円以上、628社の有価証券報告書内でのそれら指標の開示の有無について、生成AIを活用して判定し、PBRとの関係をモデル化した。その結果、気候変動関係の項目のほか、D&I(Diversity & Inclusion)、教育、雇用、エネルギー、金融、ヘルスケア、インフラ等の領域において、PBRにプラスに寄与する指標を特定することができた。一方で、生物多様性や環境保全といった分野は開示率も低く、市場からの評価も乏しいことが分かった。
■ 政府への期待と今後の課題
政府のインパクトコンソーシアムでは今後、気候変動、健康・医療、インフラ整備・都市整備、生物多様性・環境保全を重点領域として、データ・指標の整備について検討が進められる予定である。今後の検討に当たっては、前述の結果を活用し、企業の開示率が高く、PBRへの寄与度が高い指標を共通指標として整備することが考えられるのではないか。
企業や投資家に指標を活用してもらうことで、企業のインパクトの可視化を推進するためには、投資家がポートフォリオ全体のインパクト測定に活用する指標を特定して企業にその指標を使った報告を促すことや、企業が独自指標を使ったインパクトストーリーを構築して投資家とのエンゲージメントを進めることが有効である。また、可視化されたインパクトが業績や企業価値につながるパスの解明や指標間の因果関係の把握も重要であり、今後の本センターの研究テーマである。
【ソーシャル・コミュニケーション本部】